『田園の詩』NO.35   「隣の芝生」
(1995.11.12)



 山寺の住職だけでは生活できないので、私は筆作りの職人としての仕事もしてい
ます。筆を求めに来られる人も多くなりましたし、時にはマスコミ関係の取材もあった
りします。

 そんな折、よく受ける質問が「筆作りの難しいところは? 楽しいところは?」という
ものです。難しいところは、いくらでもあります。職人が「一生勉強です」とよく口にし
ますが、まったく同感です。

 反対に、「楽しいところはない」と私は答えています。傍から見れば、職人の仕事と
いうものは気楽に見えるのかもしれません。特に、その職人さんが好きなものを作って
いる場合(私は筆が好きだったわけではありません)楽しく思えるのでしょう。

 素人さんが趣味で好きな物を作っているのだったら楽しいかもしれません。しかし、
生活の糧を得るための仕事となると、それは厳しいものです。一生勉強しなければ
ならないのですから、楽しいとはいえません。

 同じことが田舎暮らしにもいえると思います。いま、アウト・ドア・ライフなるもの
がブームのようですが、短期間、田舎の暮らしを経験することは楽しいことでしょう。
しかし、実際の田舎の生活そのものは楽しいことなどほとんどなく、退屈で窮屈で
寂しいものです。

 都会の生活だって、田舎の人(とくに若者)が憧れるほど楽しさに溢れてはいない
と思います。いずれにしても、隣の芝生は青く見えるだけのようです。


       
    「田舎に暮らして、猫も犬もいないなんて…」とは女房の口癖。可哀そうだと拾って
     きた猫と犬が全部で六匹。(猫4、犬2) 『月刊・セーノ』で「ソファーにはトラ模様の
     大きな猫が悠然と寝そべっている」と書かれた≪シャン≫と、黒の≪トクさん≫です。 
                                     (08.6.22写)

 それでは君は、毎日、楽しみのない生活を送っているのか、との声が聞こえてきそう
ですが、そんなことはありません。いろんな楽しみを自ら作ったり見つけたりしながら
暮しています。 ≪国東新工会≫なるものを結成し、当地方に住む工芸家と交流を
始めました。

 また、一年中、山に入り自然の恵みを戴いています。とくに、私の最大の楽しみで
ある山芋掘りの季節が到来しました。

 職人の仕事や田舎暮らしは厳しくも、自分の置かれた立場を最大限活かして、
トータルとしては、私は楽しく暮らしています。       (住職・筆工)

                  【田園の詩NO.】 【トップページ】